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栃木県北部(那須)に点在する酪農家から生乳を集乳している会社です。

年度経歴

自爆事故の発生 車輌全損

平成29年  順調な経営と進展 しかし…

 集乳車(トラック)の老朽化は、避けがたい事実。あと2年ぐらいは持って欲しいと祈りつつ、集乳業は、そのほとんどを川上(社長)に託し、新規事業の「在宅療養」支援事業は、看護師、療法士、医師など、総勢20余名を抱え、未来志向のもと、情熱を注ぎながらの一年間だった。

 集乳業は薄利ながら、安定度は抜群の事業ではあった。不慮の事故さえ無ければ、運送業事態が青空公務員。
しかし、ついにその恐れていた不慮の事故が今秋に発生。走行中の自爆事故、車輌全損事故だ。幸い人身事故は併発しておらず、運転手も無傷だった。
 通常の集乳業務は、とりあえず予備の6tの車輌で賄うことができたが、あくまでも予備車、集乳エリア8t車装備に若干の不備があるため、代替車輌を準備しなければならず、しかも新車発注となると1年未満の期間が必要となる。取引先(酪農とちぎ)からは、集乳業務規定に準じた車輌を至急手配するようにと言われているのだけれど……。先行き不透明。振り返ってみれば、過去15年間無事故だったことが奇跡なのか、当然なのか、ただただ落ち込むだけ。このままだと年間1200万円の集乳コースを返還となってしまうだけに、運転手の過失責任は、重大な経営ピンチに陥ってしまう。。一車輌2000万円級の高級車を運転しているんだという自覚を、もっと、もっと高めていかなければならないという意を強めた年だった。

事業拡大

平成28年  駐車場を隣地敷地に移転

 在宅療養の事業が拡大するにつれて、自家用車の駐車スペース足りなくなり豊浦4−6へトラックを移動。昨年度、新人社員の突然死によって、欠員が出たため今年度は再度、新人を募集。すべて順調。
来年は、いよいよ耐用年数がオーバーした集乳用トラックの購入、導入を図らなければならず、その原資確保が目的になった財務計画。そして、社宅として新棟(一戸建て)を建設。川上の永住権付き賃貸住宅とした。人事は統括(川上)運行(安達)整備(室井)労務(大森)の4人で執行していくこと固定化し、湯田は在宅療養を推進すべく医者、看護師、療法士、ケアマネ、他医療スタッフの確保と充実に勤しむ事となった。

連立代表制の成立

平成26年 組織の安定化の向けて

 組織運営の恒常化に向けて、また商法改正による定款変更をも併せ、取締役の解散、監査役の廃止
そして、代表取締役会長及び代表取締役社長の選出を行った。その結果、満場一致で会長職に湯田孝次
社長職に川上強が選出され、各々が就任を承諾した。

代表取締役会長は主に資金繰りと実務を
代表取締役社長は主に人事と現場指揮をと業務内容を区分。
その上で社長の指名によって
運行管理責任者に安達武司、労務管理責任者に大森規雄、車輌管理責任者に室井一夫が任命された。
これからの5年間を、この体制で遂行していく。

2月には銀行より2000万円の運転資金を借り入れることが出来、薄利だが経営の安定化を図ることが出来た。

夏頃から、次期事業計画の作成に入った。在宅療養支援事業だ。これは新たに法人を作り、医者、看護師の協力及び提携による事業だ。初代看護所長の募集内定が急がれた。
10月1日新会社発足、法人組織内容は�蠧別撻肇薀鵐好優奪箸汎瑛佑箸靴拭B緝充萃�役会長に湯田孝次
代表取締役に医師の菊地章弘が就任。やい年度4月開業に向けての準備に入った。




人事異動(社長交代)

平成25年 苦しかった経営、しかしこれを乗り越えた1年

 年度スタートから、諸トラブルが相次ぐ。小売り事業の失敗は、多難な資金繰りを悪化、それに伴う資金調達と緊縮財政を実施せざるを得なく、資金繰りに強い湯田が代表権を持ち、これに対処。その内容は役員手当は会社借入金とし、福利厚生費を全面的に押さえ、月額100万円、年間1200万円ほどの資金を経常で確保。更に休みを月5日制(現行6日制)とし、そして、つなぎ資金として200万円留保した。取引先には事情説明にまわり理解を求めた。2年後には回復させる計画だ。
 6月は、会社創立以来、初の交通事故、玉突きの三重衝突だ。全賠償額は、およそ1000万円。運転手には職業換えを提案し辞職してもらった。賠償金の70%は保険で賄うものの、300万円は自己負担。そんな処理作業を進めていくなか、8月には湯田が緊急入院。復帰に2ヶ月を要した。10月には組織内のゴタゴタも相次ぎ、よって、組織強化と高い交通安全意識を図るために那須塩原警察署の指導講習会を催した。

 組織強化は、担当者に仕事をさせることだ。自営業者の集合体という会社発足の形態は10年たっても依然温存されたままで、運転手の個人判断が、まま行われている。必ず担当者を介し、担当者の承諾承認をもって事を運び、場合によっては担当者に動いてもらうという、ごく当たり前のことが出来ていない。現場を統括する川上の権限を強化、人事権の掌握を確立させた。

湯田(経営=資金);川上(運営=人事);室井(整備);安達(運行);大森(労務)の5人体制を施す。
※この年の7月、大武が辞職し、代わって安達武司が就業。

11月上記計画は無事達成(通常支払+1200万円の支払)はできたが、金庫は資金ゼロ。しかしながら良い決算書ができた。この決算を持って次年度からの資金繰りは、ずいぶんとラクになるに違いない。

平成24年度 第11期 集乳の業績は安定しているのだが

運送事業は、人事、業務等、何ら変更は無く、比較的安定。
何も無ければネ!
だが、1昨年度より小売りに手を出してからというもの、小売り部門で躓きが有り資金繰りが悪化。
1昨年は様子を見ていたが、今期の上半期に、大火の前で鎮火すべく、4月に小売り部門の営業。
資金繰りの再建に、おおわらわ。回復にはおよそ3年の月日を要す。これからの3カ年は赤字を埋めるだけの何もしない日々となろう。
 資産形成の10カ年計画は、残すところ、2年数ヶ月。同時進行だけに、かなり深刻的な苦しみだ。
マラソンに例えれば38km地点、そこに天候というバッドコンデションが追い打ちをかけたものと言えよう。
資金の調達に奔走していたような一年間だった。

この年、NHKにて「開拓者」が放送される。1月にBS1で 3月にBS2で、そして4月にはNHK総合で8回の連続ドラマとして放映された。いかに那須高原に於いての酪農が想像を絶する困難、苦難の中で、育まれてきたか、先駆者(開拓者)たちに心から深い感謝の気持ちを捧げます。ありがとうございました。
今日では生乳生産量は北海道に次ぐ日本第2位という実績。当社を始め、いかに多くの人が仕事に係わり生計を立てていることか。感謝、感謝です。

平成23年 人事の安定

 第10期 落ち着きが出てきた会社運営


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  設立10年目に入り、役員人事及び業務範囲が明確になってきた。
写真は那須塩原警察署の交通課長から交通安全に関する講習会を催した時のもの(10月)
無事故無違反で、運送業は何の問題も無く、一年間を終えた。

この年の7月に大武勇が入社。同時に大金喜勇が退社
採用に当たって、「キャリアを踏む」とは、失敗から何を学ぶ、かに置いていた。すなわち彼は、そんなキャリアを踏んでいたのだ。彼の失敗を会社の財産とすべく、未経験者より、経験者を選んだ。財産を確保したという意味だ。これは企業としての付加価値を持つことだ。

大切なことは、どうしたら転ばぬか、よりも、転んだらどう立ち上がるかに価値を置く。




経営の安定した年間

平成21年(第8期)経営の安定した1年間

車両購入を控えた1年間、資金繰りは比較的安定。若干たまっていた税金も無事納税ができ、また納税預金の残高も増えてきた。年度300万円の純利益も上がり、まずまず、というところ。年が明ければ300万を超える新税が発生し、たちどころに無くなってしまうが、経営的には良かったと思える年度だった。
 秋口には、来年度以降また厳しい資金繰りを強いられる新車トラックを3台購入、年間500万円の車両購入費の計上を図る。運送会社が抱える大きな経費の捻出だ。今年度は予算に余裕があったが、来年度以降は、またまた財政の縮小だ。節約が求められる。

第8期の終了を持って、役員の選任選挙を行った。指名制から任命制に、そして選挙で選出するまで8年も要した。安易に選挙を行えば、私利私欲の露呈した選挙となり、結果、しこりが残り派閥ができ、会社にとっての不利益が生じてしまう。社員間、役員間の信頼関係が醸成されたなかでの選挙とならねばならぬという思いのなかで、どうにか、この年の12月に実施することができた。

各役職の責任範囲、決済範囲を明確に、組織構図を作成し、無記名による投票となった。その結果、選出されたのは代表として渡辺清一(70%確保)、新たに設けた統括責任者には川上強(100%)、そして統括責任者の指名によって、車両整備責任者は野沢公臣、運行管理責任者には大森規雄が任命された。任期は5年。

組織イメージは、社長(天皇)、統括(内閣)、株主(国会)、監査(裁判所)といういわゆる三権分立だ。ワンマン型の会社ではなく民主的な会社組織として確立できた。運営的にも筋ができたように思う。もともと会社法とは、そのようにできているのだが地方における小さい企業ではワンマン型となってしまうケースが多い。その点、当社は恵まれていると思う。設立当時は個人個人の思惑が入り乱れ、諍いも多く、トラブッては心に傷を負ったもので仕事よりも人間関係に疲れるという状態が有った。今後は5年ごとの選挙で清算しながら運営がはかれると思う。

季節型インフルインザ予防接種と新型インフルインザ予防接種を行う。

黒字を出しても資金補充は難しい

平成20年(第7期)燃料高騰、資金繰りの緊迫

 昨年度、一昨年度の2年間にわたる人員オーバーによる資金不足、およそ600万円程度を補充するため今期は新車購入を中断し、資金補充を図らなければならなかった。今期スタート時点で社員1名が休職し、人員は定員通りとなったこともあり順調に月額50万円ほどの利益が残せるようになったのもつかの間、燃料代の高騰(2倍強)、K氏とO氏の人事問題と想定外の出費が相次いだ。

これら締めて300万円の出費、たまたま資金補充をしていた年だったから資金面での圧迫は凌ぐことはできたが、会社に体力が無いということは、今後の大きな課題であるということを痛感させられた年でもあった。

 資金補充の難しさはそれだけではない。残した利益の約50%、すなわち半額が税金として没収されてしまうのだ。600万円を埋めると言うことは+300円が必要で、合計900万円が必要になってくるのだ。

当初600万円という構想でスタートしたが結果、300万円ほどとなり税引き後は150万円程度の黒字、資金補充に終わった。これ以上は、現体制では無理があった。売り上げの55%が人件費となっている当社の特徴は特記すべき事でもある。人件費は限界点に達している。

会社に体力を付けさせ安全経営を図るという目的のために人件費の削減が、積極的に進行している社会的な動向の中、当社では人件費の削減は安易的であり、勤労意欲を削いでまで推進する事では無いと考え、他の方法や他の手段を考慮、開発すべきと思慮している。 

この年から、社員の健康診断及び指定医院を那須塩原クリニック(ナスパ)へ変更する。

新規事業の模索

平成19年(第6期)新規事業の模索・足がかり

 新規事業立ち上げの対策として何らかのイベントを起こさなくては、という思いで打ち出したアドバルーン的なイベント。バント→ヒット→ホームランになっていけばという夢を乗せて。ゴルフコンペ、健康麻雀、WB競馬、一戸建て住宅ト賃貸、ライブコンサート等と事業開始                                                                                                                                                                                                                                                                   本藤宅麻雀第2シミレーション5       

 

 

 

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建物

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<ゴルフ>UFGゴルフコンペというネーミングのもと、親睦を求めたイベント。アフターゴルフを中心としたお楽しみコンペ。春、秋の年2回。100人程度の動員開催が目標。協力は那須黒羽GC。

<麻雀>健康麻雀と称して協会を設立。5月に事業開始。従来の麻雀からの価値観変更にはソフトの確立が重要なので、向こう2年間はその準備に当てる。麻雀卓3台購入。常連メンバー36人の育成確保が当面の課題。

<WB競馬>インターネット利用したWB競馬の常設。土・日を主とした競馬喫茶。パソコンと大型TVとスカパー放送など。

<賃貸>一戸建老人用住宅賃貸。4月に1棟完成。建築費800万円 永住権300万〜500万円、10年〜6年で資本回収、月額4万円。

<ライブコンサート>施設内で大きな音楽療法としてのライブイベントを作り上げる、という構想だが、動員の面でチョット難しい。一発型イベントとして地力がつくまで多年を要する。会社全体の動員力強化が最大のカギ。

今年度は、ソフトの充実を主に構想運営した。本格事業と化すのには2〜3年は用する。

これら事業に足利銀行が1000万円の融資、この年から足利銀行との取引が始まる。

記録;湯田孝次

余力無い経営

平成18年度(第5期) 余力が無いままに…

 運賃の年間400万円ダウンはきつかった。対策としては流動支払いを固定支払いに切り替え、何もしない事だけ。年間売り上げは固定的なので支払いの固定化が急がれた。言い換えれば安定的。この年より車両整備は鈴木自動車工場と年間契約し、月の固定額となる。これによって全取引先が固定した。

決算は次のごとし。

人件費は56%、車両維持費25%、事務費11% 償却費5%、管理費2%、利益1%。(人員数は12.5人) 

この年の4月から熊久保久男、病気療養につき長期休暇。6月に大森規雄入社。11月、熊久保久男復職。人員1名余る。来期以降の定員オーバーによる人件費過剰の問題が抱蓄された。新規事業開発へのプレッシャーがかかる。

記録;湯田孝次

 

運賃ダウンによる経営の悪化

平成17年度(第4期) 運賃ダウンと経費増大による経営の悪化

 4台目の車両を導入、年間の車両リース料が800万円を超える。余剰金が激減する。5年間で4000万円の経費。このまま次々と車両を毎年導入していては、会社に体力は一向につかない。資産形成と合わせて資金繰りが厳しくなってきた。車両維持に全経費の30%が食われてしまうからだ。25%が基準なので、支払い計画は慎重を期さなくてはならない。その5%の攻防が全てとなる。

 さらに7月には10区画から8区画に広域、大型化にしたことによる運賃の値下げが酪農とちぎより要請される。年間400万円のダウンだ。収入アップが望めず、耐久経営が強いられる集乳業務に最低限の経営の足がかりを確保しながら近い将来において他の分野に活路を見いだす以外会社存続の意味が見い出せなくなった。

   総務費の外部処理から内部処理に、これを機に湯田CEOへ、川上は労務管理者に、業務の専任化を敷いていった。初の赤字決算年。

6月、酪農とちぎのクーラーステーションが落成、稼働開始。

資産形成の開始

平成16年度(第3期)資産形成の開始

車両保険、タイヤ、車両、ガソリンなど経費の大部分を占めるものから、ひとつづつ取引先の一本化を図り、計画支払いを進める。年度当初より全てを予算化し銀行より大型融資を受けながら押し進めた。その効果と狙いは資産形成だ。10年後には5000万円程度の無理のない資産形成ができるはずだ。株価を上げるか、株配当をするか、資金を上手に運用しながら、いろいろな方法が計れる。

運送事業としては、ほぼこの年で体制が完成。改善改革の余地はなくなった。更なる成長を促すためには他事業に手を広げなければならない。右肩上がりの経営が困難な現在、いったい何を始めれば良いのか、それが次年度以降のテーマである。今期は幸いにも派遣事業が開始できたのは吉報である。

請負派遣事業のスタート

トキメックの那須別荘の管理業務の受託に当たって労働省より派遣事業(請負)の認可を受け、派遣元責任者講習会を10月15日に東京・大井町にて受講。証明書の交付を受ける。この夏より業務は概に開始。

人材派遣事業責任者 渡辺清一 湯田孝次

(配分率)時間単価1500円を機軸とした配分で事業開始(人件費60%、共通費15%、部門粗利25%)     これからの新規事業の配分基準となる。

3月、大沼彩朋希望退社、東京の�螢僖愁複任暴す圓悄■祁遏�大森正行永眠す。持ち株は息子・規雄が引き継ぐ。

人事と労務

平成15年度(第2期)にて、事業運用の体制固まる。

8t車3台を1月に導入し、10区域を8区域に統廃合。人員を2人増やし、月6日、年間72日の休暇を敷く。渡辺、高橋を休暇代行運転手とし、新人2名を募集。川島、菊池を採用する。前年度より、すでに社会保険と厚生年金加入は済んでおり、今年度は更なる法規の充実をはかったきた。5月には事務所・住所移転が終わり、会社の所在が明確となった。

9月には定期健康診断を鈴木病院で実施。この時、大森の肺ガン発見、休業治療に。これをうけて、社会保険庁(安達司)の年金説明会を実施。大森への休業補償が実行されたことで、皆真剣に、聴き入る。次年度は支払先の一本化に伴う予算づくりだ。 

 

平成14年第1期事業概況

  会社立ち上げから、青ナンバー申請の手続きをするも、現状と法規とのあまりもの食い違いに、困惑す。すなわち「国土交通省が許認可する課税事業内での決定をしなければならない。」という項目、これは建築基準法で定められている制限及び規格だと思ってもらえば理解できよう。具体的には、運賃体系だが距離制運賃、及び時間制運賃のいづれのパターンも我が社は当てはまらないのだ。流動的な他の運送業社に対し、当社は固定的な収入売り上げの安定が見込めるため1台あたりの月間売り上げは給与の割には低く設定されているからだ。簡単に言えば、人件費率は売り上げの25%で設定しなければならないところ当社では52%を規定している。許認可を得るためには、このルールを守りその余力で労働環境と車両整備の充実に当てなければならないと言う。当然それらに具備した資本金の充実も図らなければならないと言う。現状の申請された内容では許認可はできないという5月時点での関東陸運局・宇都宮の裁可にての困惑だ。

現状に適合しない法規制に疑問を抱き、7月には関東陸運局・横浜を訪れる。法に合わない現状が間違っているのか、現状に合わない法が間違っているのかの話し合いである。合理化と経費削減をはかりながら、少しでも高い給与を支給することの行為を判断するに当たって、同業者の許認可の例をいくつか拝見するに付け、許認可を得るための適度な数値あわせが行われていることを知った。すなわち、現状と申請された数値が合致していないのだ。目的が健全なる経営なのか、許認可を得ることなのか、の目的違いが判明する。昭和30年代のままなのだ。それに合わせて申請許認可されていたのだ。現在は平成である。

結果、その問題に入り込むと許認可が遅れるので、この問題は先送りとし、とりあえず適当な書類数値に、してもらい、仮許認可を頂き、正式許認可は翌、平成15年4月の法改正後となる。

この年の6月に室井一夫、加入

これで人員がそろったので、酪農とちぎへ「コース請負」から「ゾーン請負」の内部的変更の同意をもらい、10コースから社内8コースへとコースの拡大と、それに伴う6t車から8t車の大型車両導入となる。運転手一人あたり月間6日、年間72日の休暇を確保。補充要因として、渡辺、高橋がこれを担当。同時に渡辺には運行管理責任者、高橋には車両整備責任者を兼任してもらう。

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